栄枯盛衰

今週は、ちょっとびっくりなニュース。
e0199937_22122950.jpg

液晶TVや白物家電で強かったS社が台湾企業の傘下に。

Sは当方が若いころ、通信機器のメーカーにいて、シェア争いのノウハウを教えてもらった敵会社だ。

1991年、『小電力コードレス電話』が家庭向けに販売され、大手家電メーカーでひしめく家電量販店の売り場にどうやって食いこむかを模索。

当時神奈川県の営業をまかされていて、S社の販社(Sコンシューマーエレクトロニクス)の熟年営業Zは、神奈川で当時ナンバーワンだった家電量販店ダイオーショッピングプラザ(社長の放蕩の結果のちにいったん縮小したLAOXに買収された。LAOXも中国人の会社になったしなあ~)のシェア70%を握っていた。

e0199937_2221047.jpg

(田園都市線あざみ野駅 ダイオー跡地。後に成城石井が入ったが閉店。今はドコモショップとは悲しい) 

Z氏はダイオーショッピングプラザの電話機売り場だけでなく、オーディオ、ビジュアル、白物家電、ワープロなど担当社員、アルバイト、店長、社長もがっちり握っていた。

Sの商品は当時高機能低価格で、せいぜい所ジョージの宣伝費につぎ込んでいた『手ぶらコードレス』ことサン○ー電機くらいが対抗馬。
e0199937_22253886.jpg

(S社CJ-A300、留守番電話付きコードレス子機つき。その前のA250がバカ売れした。49,800売価は今では考えられない・・)

少しでもS社のシェアをかじるためにZよりその店の滞留時間を増やすためほとんどの週末をその店に販売応援で立つことで一矢報いた。


そういえばサン○ーも、シェア争いでは苦戦強いられた。
もう今はない(あるか。。)PHSを販売していた時、会社からトップシェアを命じられていて、この会社の価格競争力、営業力には、散々苦しめられた。
e0199937_22285383.jpg

(サン○ーのPHS初号機。コードレス電話機の事業部が手掛けていて、その流れでCMは所さんだった。
この影響で、関東の人はみんな好きな所さんは当方趣味はほとんど似ているのに大嫌いである。
絶対番組見ていませんでした。)
この会社は後に携帯電話でも凄く拡大して、K専務という素晴らしい敵がいたのですが、今はどうしてられるのだろうか。(年齢的には、いいときに退職されたのか。)
携帯部門は当方所属してコードレス電話を売っていたKに、家電部門は世界のPとそれぞれメーカーに売却された。正直、携帯部門を売却したら、競争力があるのはせいぜい電池部門しかのこっていなかっただろうに。
e0199937_2243692.jpg

(新幹線から見えるここのロゴ、今P社のロゴだとか・・・)
当時はかなわないライバルだった会社が今はもう違う(なくなって)。

なんだか、不思議な気持ちの1週間だった。
by synchronar | 2016-02-27 22:44 | Other